「正確に話す」と「魅力的に伝える」の決定的な違い。チェロのレッスンで気づいた表現の本質
こんにちは。
50人の会社から、社会にちょっと良いインパクトを残したい、藤井です。
私は趣味でチェロを弾いている。
この歳になっても定期的にレッスンに通い、日々鍛錬を重ねている。
以前の私は、とにかく「譜面通り正確に弾くこと」ばかりを気にしていた。
音程を外さず、正しく弓を動かす。
それだけで頭がいっぱいだった。
しかし最近、先生から教わる中で、全く別の視点に目が行くようになった。
それは、自分という人間と、手元にあるチェロの特性を生かし、曲をどう「表現」するかという問いだ。
そこで教わった技術の一つに、「音を出す前の呼吸」がある。
特に小さな音を静かに弾き始めるとき、初心者は無意識に息を止めて身体を硬直させてしまう。
その結果、弦に余計な力が入り、「ザッ」という歪んだアタック音が出でしまったり、緊張が弦に伝わって音が震えてしまうのだ。
上級者は違う。
音を出す前に、まず静かに息を「ふーっ」と吐き始める。
息を吐いた瞬間に肩や手首の脱力が生まれ、弓が自然と弦に乗る。
力任せに音を「出す」のではなく、音が自然と「生まれるのを助ける」感覚だ。
さらに、一つの音の中でも前半・真ん中・後半で音の育て方を変え、ビブラートや音量を調整しながら、次の音へと滑らかに繋げていく。
そんな中、あるとき先生から聞かれた質問。
「先生からこの曲をどういうニュアンスで弾こうと考えていますか?」
「どういう感情を生み出したいですか?」
その時は、私の口からは、自分の想いを言語化した言葉が出てこなかった。
改めてその曲を何度と聞いてみて、プロの演奏を聞いて、
自分なりに言語化してみた。
そんな想いを毎回イメージしながら弾いてみる。
そうすると各パート毎に頭の中に映像が生まれてくる。
このパートはこんなシーン、あのパートはあんなシーン。
それらを組み合わせることによって、曲全体が立体的になっていくのだ。
※私の中でイメージしたのはロードオブザリングみたいな旅のイメージ。
そんな風に、日々レッスンを受けながら、今までと違う感覚的な表現力だったり、曲の構造・メリハリのつけ方などを先生から指導してもらっている。
毎回毎回、藤井のチェロスキルレベルは上がっている。
ドラクエのように、テレテレッテッテッテーと。
この歳になると、あまり周りからあーだこーだ細かく指導いただくことも少ないため、改めてこのやり取り自体が自分にとっては貴重である。
一方で、学んでいることを言語化していくと「これは、プレゼンテーションの技法と全く同じだな」と感じる。
例えば、会社の事業内容や魅力を人に伝える「会社案内」の場面。
世の中には、用意された原稿やカンペを基に、間違えずに喋る「正確な音読」ができる人はたくさんいる。
一時期チームのベーシックスキルとして会社案内というものを入れていたけど、本当に魅力的に伝えられる人は何人いるだろうか。
ただカンペ通りに喋れることと、自社の魅力を相手の心に響くように伝えられることの間には、壮大で巨大な溝が存在する。
話すこととは、単なる情報の伝達ではない。
自分の想いや文脈を乗せる「表現」そのものなのだ。
失敗を恐れて「正確さ」という形式ばかりに気を取られ、本当の目的である「表現」を見失ってしまうこと。
人が感動するもの、それは表現がされたものである。
大学院の時に担当教授からカンペを見ることを禁じられていた。
そんな話し方は、理解していない人間がやることだと。
・用意したプレゼン資料(カンペ)を間違えずに読み上げることに必死になる
・息を止め、肩に力が入ったまま一方的に言葉を吐き出してしまう
・相手との対話の「間」や、ストーリーのグラデーションを無視して突き進む
・相手が緊張している状況だったり、関係づくりができていない。
そんな状況で本当に言いたいことが伝わるだろうか。
そういう場の雰囲気づくりを含めたものがプレゼンテーション技法といえると思う。
大切なのは、すべては言葉を発する前の「準備」だ。
言葉の冒頭、中間、結びを意識し、ニュアンスを込めながら、次の言葉へと滑らかに想いを繋いでいく。
自分が話す内容で何を伝え、各パートをどう表現するのか?
カンペやツールといった「素材」を正確になぞるだけの時代は終わった。
問われているのは、それをどう解釈し、自分たちの声(と資料)でどう表現するかというプロセスだ。
あなたが今日、誰かに伝えようとしているその言葉。
それは単なるカンペの音読だろうか。
それとも、あなたの想いが宿った「表現」だろうか。
話す前に、一度深く息を吐いてみる。
それだけで、あなたの言葉は驚くほど柔らかく、相手の心に深く届くはずだ。
日々、アップデート。
自分の歩幅で、進んでいこう。
クリエイティブホープ 藤井