「絶対に美味しい」の罠。自分の主観と「顧客視点」を切り分ける思考法
こんにちは。
50人の会社から、社会にちょっと良いインパクトを残したい、藤井です。
むかし、休日に家族のために料理を作っていたときのことだ。
私は辛いものが好きなので、炒め物に柚子胡椒をピリッと効かせてみた。
味見をして、「これは絶対に美味しい。ご飯が進むはずだ」と確信した。
しかし、いざ食卓に出してみると、子どもの箸はピタリと止まってしまった。
彼らにとっては、少し刺激が強すぎたのだ。
その様子を見ながら、ハッとした。
私が「美味しい」と感じたのは、あくまで私自身の「感覚」に過ぎない。
決して、子どもたちという「顧客の視点」に立ったものではなかったのだ。
そんな時に「まだ子供にはわからないか、この美味しさが!」と特におっさんは思いがちだ。
この「自分自身の感覚」と「相手の視点」のズレは、ビジネスの現場でもよくある。
私たちは仕事で、よく「顧客視点」という言葉を使う。
- 「このブランドなら、こういう特典が喜ばれると思う」
- 「このUIデザインの方が、直感的で使いやすいはずだ」
- 「今のトレンドなら、こんなメッセージが刺さるだろう」
一見、顧客のことを深く考えているように聞こえる。
しかし、これは本当に「顧客視点」だろうか。
自分が消費者として感じた「私はこう思う」という、ただの「主観」「経験則」ではないだろうか。
いろいろ議論するときにその人自身の主観や経験に基づくことについては、コメントが良くでる。
罠だなと感じるのは、自分自身の「消費者感覚(主観・経験則)」を、立派な「顧客視点」というラベルでコーティングして発言してしまうことだ。
専門家の中では眼鏡をかけ替えるとよく言うが、顧客の視点に本当に同化するのは、実はとても難しい。
- 顧客はどういった属性・行動・思考の人間なのか?
- そのターゲットに向けて、競合他社は、今どんなコミュニケーションをしているのか?
- 顧客は日々、どんな生活の中で、どのような情報にさらされているのか?
- 時代背景を踏まえて、その情報をどう理解するリテラシーを持っているのか?
そうした現場の実態を泥臭く観察しなければ、本当の姿は見えてこない。
自分の頭の中にある理想像だけで考えても、相手の心は動かないのだ。
だからこそ、私たちが作り手として意識すべき大切なことがある。
それは、まず「そもそも自分自身が、どのセグメントの人間なのか」を客観視(異化)することだ。
打ち合わせの場で、意見を言うとき。
「これは私個人の主観ですが」と、はっきり自覚して伝えること。
そして顧客視点で語るなら、「どんな環境にいる、どの顧客の視点か」を明確に定義すること。
この切り分けのプロセスこそが、プロジェクトの精度を圧倒的に高めてくれる。
立派な言葉(ラベル)に逃げず、まずは自分の立ち位置を正しく疑ってみる。
今日、あなたが提案しようとしているそのアイデア。
それはあなたの「主観」だろうか。 専門家の視点だろうか?
それとも、泥臭く実態を観察した「顧客視点」だろうか。
一歩立ち止まって、自分自身を客観視してみる。
それだけで、明日からの仕事の解像度は、驚くほどクリアになるはずだ。
日々、アップデート。
自分の歩幅で、進んでいこう。
クリエイティブホープ 藤井