製造業のHubSpot導入ガイド 商社・代理店経由の商流を CRMでどう設計するか
この記事の結論
- 製造業のCRM設計が難しいのは、「買う人」と「使う人」と「決める人」が別で、しかも商社・代理店を挟むためエンドユーザーが見えないからです。
- 一般的なBtoB向けのCRM設計をそのまま当てはめると失敗します。取引先ではなく「案件(引合)」を軸にした設計が必要になります。
- 製造業は、技術者が自ら情報収集してスペックで選定する領域です。営業が会う前に検討が終わっているという前提でデジタル接点を設計してください。
この記事について
本記事は、HubSpotプラチナパートナーである株式会社クリエイティブホープが編集しています。パナソニック インダストリー株式会社、日本無線株式会社、クリナップ株式会社をはじめとする製造業の支援実績があり、製造業向けの導入パッケージを提供しています。パナソニック インダストリー社への支援内容は、東洋経済オンラインでも紹介されました。
1. 製造業のCRMが難しい5つの理由
理由1:エンドユーザーが見えない
商社・代理店・問屋を経由する商流では、実際に製品を使っている企業が誰か分からない状態が普通です。
売上は代理店に立ちますが、製品を選定しているのは川下の設計者です。CRM上で「取引先」を代理店にすると、本当の顧客が記録されません。
理由2:意思決定者が複数いて、役割が分かれている
| 役割 | 誰か | 何を見るか |
|---|---|---|
| 選定者 | 設計・技術部門 | スペック、性能、互換性 |
| 承認者 | 開発責任者、技術部長 | 品質、供給安定性、実績 |
| 購買者 | 購買部門 | 価格、納期、取引条件 |
| 利用者 | 製造部門、保守部門 | 扱いやすさ、サポート |
同じ会社の中でも、部門ごとに知りたいことが違います。しかも、技術部門は自社の購買部門の動きを知らないことが珍しくありません。
理由3:検討期間が極端に長い
部品の採用は、次期モデルの設計段階から始まり、量産開始まで1〜3年かかることがあります。一般的なBtoBのリードナーチャリングの時間軸とは桁が違います。
理由4:単価が低く、点数が多い
1点数円〜数百円の部品を、数万〜数十万品番扱うというケースがあります。1件あたりの商談価値が小さいため、人的営業だけではカバーしきれません。
理由5:事業部ごとにサイロ化している
歴史のある製造業ほど、事業部・製品群ごとに顧客管理が独立しています。統合や再編を経ていれば、システム自体が複数存在します。
結果として、同じ取引先のキーパーソンとA事業部が深い関係を築いているのに、B事業部の担当者はその人を知らないという状態が生まれます。商機の損失です。
2. 製造業のCRM設計 ― 4つの原則
原則1:商流と情報流を分けて設計する
最も重要な原則です。
| 何を | どう記録するか |
|---|---|
| 商流(誰に請求するか) | 代理店・商社を取引先として記録 |
| 情報流(誰が選定しているか) | エンドユーザー企業を別途記録し、関連付ける |
HubSpotでは、会社(Company)オブジェクト同士の関連付けや、カスタムオブジェクトを用いてこの二層構造を表現します。
「売上が立つ相手」と「製品を選ぶ相手」を同じ枠で管理しようとすると、必ず破綻します。
原則2:取引先ではなく「引合・案件」を軸にする
製造業では、同じ顧客から複数の引合が並行して走ります。プロジェクトごと、モデルごと、事業部ごとに独立した案件です。
取引先単位で管理すると、案件の粒度が失われます。取引(Deal)を引合単位で作成し、そこに以下を紐づける設計にしてください。
- 対象製品・品番
- 用途・アプリケーション
- 想定数量と量産開始時期
- 競合品の有無
- 技術検討のステータス
原則3:長期の検討プロセスをステージで表現する
一般的な営業パイプライン(初回接触→提案→見積→受注)は、製造業には合いません。技術検討のプロセスを反映させてください。
製造業のパイプライン設計例
引合発生 → 技術検討・スペック確認 → サンプル提供 →
評価・試作 → 設計採用(デザインイン) → 量産見積 →
量産決定 → 量産開始
「設計採用(デザインイン)」が最重要ステージです。ここを通過すれば、量産段階での失注リスクは大きく下がります。逆に言えば、この手前の技術支援が勝負どころです。
原則4:事業部を横断して顧客情報を統合する
サイロ化の解消は、製造業のCRM導入における最大の価値の一つです。
統合すべき情報
- 取引先のキーパーソンと、各事業部との接点履歴
- 過去の引合・採用実績
- Webサイト・展示会・カタログDLなどのデジタル行動
- 技術問い合わせの履歴
ただし、いきなり全社統合を狙わないでください。まず1事業部でスモールスタートし、成果を見せてから横展開するほうが、はるかに成功率が高くなります。
3. 実例:パナソニック インダストリーの営業DX
東洋経済オンラインに掲載された事例から、製造業のCRM導入の実像を紹介します(弊社が導入支援を担当しました)。
前提となる規模と商流
同社は電子部品メーカーで、売上1.1兆円(2021年度)、約20万品番、直接の取引先2万5000社。問屋経由を含めると60万社に製品を供給しています。単価は1点あたり数円〜数百円が中心です。
ICTインフラ、FA、車載という3つの重点分野を持ちます。
抱えていた課題
パナソニックは、パナソニック電工や三洋電機との経営統合を経ており、各社が独自に行っていた顧客管理がそのまま残り、システムが統一されていませんでした。
同じ事業部内でもサイロ化が進んでおり、ある分野で取引先のキーパーソンと長年つながっているのに、別分野の担当者はその人を知らずビジネスを作れない、という状態が生じていたといいます。
取り組んだこと
Step 1:分析用の顧客データベースを内製で構築
「LUCIB」と名付けたデータベースを2021年6月から稼働。既存データに加え、オンライン展示会やWebサイトなどのデジタル接点のデータも集約し、事業部の壁を越えて横断的に把握できる環境を整えました。
Step 2:実行系の基盤としてHubSpotを導入
データを可視化するだけでなく、分析結果を営業活動に生かすため、CRMプラットフォームを導入。
Step 3:スモールスタートから全社展開へ
実は9年ほど前(2013年)から、パナソニックの一部事業部がHubSpotを活用していました。自社データベースの本格稼働に合わせ、営業組織全体での運用に拡大しています。
なぜHubSpotだったか
同社のDX推進部長は選定理由について、顧客接点から情報を集めて分析し迅速に行動を起こすことで顧客体験を高めるという目的に最適だった点を挙げています。加えて、パートナーであるクリエイティブホープからの導入支援を受けられたことで安心できたと述べています。HubSpotは製品の進化スピードが速いため、自社の事情に精通したパートナーのサポートによってそれに追従できることが、選定の決め手の一つになったといいます。
得られた変化
従来は人が一対一でアナログ対応していたため顧客を待たせることがあったのに対し、デジタルで複数の対応を同時に動かせるようになり、顧客が望むタイミングで自社側からアプローチできた事例が増えたとされています。
特筆すべきは、「どのタイミングでどのようなアクションを取ると顧客体験が向上するのかを、データで検証できる環境が整った」という点です。CRM導入の価値は、施策の実行だけでなく、検証可能性を得ることにあります。
出典:東洋経済オンライン「売上1.1兆円電子部品メーカー、営業DXの行方」(HubSpot Japan/東洋経済ブランドスタジオ制作)
https://toyokeizai.net/articles/-/595657
4. 製造業でHubSpotを使う具体的なユースケース
| 課題 | HubSpotでの実現方法 |
|---|---|
| エンドユーザーが見えない | Webサイト・技術資料DLの行動データからエンドユーザー企業を特定 |
| カタログ・技術資料の閲覧状況を知りたい | ドキュメント機能でPDFの閲覧状況を可視化。誰がどのページをどれだけ見たか |
| 設計者がいつ検討を始めたか知りたい | 特定製品ページ・仕様書の閲覧を検知し、営業にアラート |
| 展示会の名刺が活用されていない | 名刺管理ツールと連携し、その後のWeb行動と紐づけ |
| 事業部をまたいだ接点が見えない | 会社・コンタクト単位で全事業部の活動履歴を統合 |
| 長期案件の進捗が属人化 | 引合単位の取引パイプラインで、技術検討ステージを可視化 |
| 基幹システムのデータと繋がらない | API連携/iPaaSで受注実績・出荷データを同期 |
「ドキュメントの閲覧状況の可視化」は、製造業と特に相性が良い機能です。技術資料や仕様書は検討の中心にあり、それを誰がどこまで読んだかは、検討の本気度を測る有力な指標になります。
5. 導入の進め方
Phase 1:1事業部でスモールスタート(3〜6か月)
全社導入から始めないでください。成功しやすい事業部を1つ選び、そこで成果を出します。
選ぶ基準
- デジタル接点が既にある(Webサイトからの問い合わせが一定数ある)
- 推進する意欲のある責任者がいる
- 商流が比較的シンプル
Phase 2:横展開(6〜12か月)
1事業部での成果を社内に共有し、他事業部へ展開します。このとき、事業部ごとの差異をどこまで許容するかの設計が重要になります。
すべてを共通化すると現場が使えなくなり、すべてを個別対応すると統合の意味がなくなります。共通で持つ項目と、事業部固有の項目を分けて設計してください。
Phase 3:基幹システムとの連携
受注実績、出荷データ、在庫情報などを連携し、営業活動と実績を結びつけます。ここで初めて、「どの活動が売上につながったか」の検証が可能になります。
6. 製造業のパートナー選定で確認すべきこと
| 確認項目 | 質問 |
|---|---|
| 製造業の実績 | 「製造業の支援実績を、商流の複雑さも含めて教えてください」 |
| 商流の理解 | 「代理店経由の商流を、HubSpot上でどう表現しますか」 |
| 長期案件 | 「量産まで2年かかる案件の進捗を、どう可視化しますか」 |
| 事業部横断 | 「事業部ごとの差異を、どこまで共通化しますか」 |
| 基幹連携 | 「基幹システムとの連携実績はありますか」 |
| 業種特化バッジ | 「HubSpotのIndustry Specialization Badge(Manufacturing)を保有していますか」 |
2つ目の質問が最も重要です。この問いへの答えで、製造業の商流を理解しているかが判別できます。
なお、HubSpotには業種特化バッジという制度があり、Manufacturing(製造業)も対象業種に含まれます。1社が取得できるのは最大3業種までなので、保有していればその業種への注力度の証明になります。詳しくは HubSpotアクレディテーション解説 をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 代理店経由の商流でも、エンドユーザーを把握できますか?
完全な把握は困難ですが、デジタル接点から相当程度は特定できます。技術資料のダウンロード、仕様書ページの閲覧、技術問い合わせなどの行動データを蓄積することで、代理店の先にいる設計者・技術者の存在を捉えられます。
Q2. 検討期間が2年以上ある案件を、どう管理しますか?
引合単位の取引を作成し、技術検討のプロセスをパイプラインのステージで表現します。「設計採用(デザインイン)」を重要ステージとして設定し、そこまでの技術支援を可視化するのが実務的です。
Q3. 事業部ごとにバラバラのシステムがあります。統合できますか?
可能ですが、いきなり全社統合を狙わないでください。まず1事業部でスモールスタートし、成果を見せてから横展開するほうが成功率が高くなります。統合時は、共通で持つ項目と事業部固有の項目を分けて設計します。
Q4. 単価が低く商談数が多い場合、CRMは合いますか?
むしろ相性が良い領域です。1件あたりの商談価値が小さいほど、人的営業だけではカバーしきれません。デジタル接点で検討段階を把握し、有望な案件に営業リソースを集中させる運用が有効です。
Q5. 技術資料の閲覧状況は本当に分かりますか?
HubSpotのドキュメント機能を使うと、誰がどの資料をいつ、どのページまで閲覧したかを把握できます。製造業では技術資料が検討の中心にあるため、検討の本気度を測る有力な指標になります。
Q6. 費用はどれくらいですか?
複数事業部・基幹連携を伴う場合、初期構築で200万〜600万円が目安です。1事業部でのスモールスタートであれば100万〜200万円規模から始められます。詳しくは費用相場の記事をご覧ください。
まとめ
- 商流と情報流を分けて設計する。「売上が立つ相手」と「製品を選ぶ相手」は別です
- 取引先ではなく引合を軸にする。同じ顧客から複数案件が並行して走ります
- パイプラインは技術検討プロセスを反映させる。デザインインが最重要ステージです
- 事業部横断の情報統合が最大の価値。ただし全社導入から始めないこと
- 技術資料の閲覧状況は、検討の本気度を測る指標になる
- 1事業部でスモールスタートし、成果を見せてから横展開する
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支援社数を増やすことよりも、1社ごとに深く長く関わることを選んできました。製造業の場合、商流の理解と事業部横断の設計に時間がかかるため、この体制が特に効いてきます。
ご相談いただける内容
- 代理店経由の商流を、CRM上でどう設計すべきか
- 事業部ごとにサイロ化した顧客情報を統合したい
- 長期の技術検討プロセスを可視化したい
- 基幹システムとの連携を含めた設計をしたい
- まず1事業部から始めたいので、進め方を相談したい
編集:株式会社クリエイティブホープ(HubSpot Platinum Partner)
2015年よりHubSpotパートナー/有資格者30名以上
著書『HubSpotワンストップマーケティング』(フォレスト出版・2022年)
https://www.creativehope.co.jp/hubspot
最終更新日:2026年8月29日