受託・制作会社がHubSpotで案件採算を管理する方法
受注したときは十分な利益が見込めていたはずの案件が、終わってみたら粗利がほとんど残っていない。原因を調べると、想定の倍近く工数がかかっていた——。
受託・制作ビジネスでは、この構図が繰り返し起きます。しかも判明するのは案件が終わった後で、そのときにはもう打つ手がありません。
この記事では、原価の大半が人件費であるビジネスに絞って、案件採算をどう管理するかを扱います。HubSpotに営業データが溜まっている前提で、そこに何を足せば「進行中に気づける状態」になるのかを整理します。
HubSpotで経営数字を扱う話の全体像はHubSpotで事業管理・管理会計を実現する方法【完全ガイド】にまとめています。
1. 受託ビジネスの原価構造
1-1. 原価の中心は時間
物販であれば、原価は仕入値として最初から確定しています。ところが受託ビジネスの原価は、プロジェクトが進行する過程で発生する。しかもその大半が、メンバーが費やした時間です。
これが管理を難しくしている根本の理由です。時間は請求書として届きません。誰かが記録しない限り、どこにも残らない。だから工数の記録がないまま採算を語ろうとすると、外注費だけを見て「粗利は出ている」と誤認することになります。
工数の扱いはHubSpotで工数を管理する方法で詳しく扱っています。この記事では、記録された工数を採算管理にどう使うかに焦点を当てます。
1-2. 原価の4要素
| 要素 | 受託ビジネスでの位置づけ | 把握のしやすさ |
|---|---|---|
| 社内人件費 | 最大の構成要素。工数×単価で算出 | 記録がないと把握不能 |
| 外注費 | パートナー・フリーランスへの支払い | 請求書ベースで確実 |
| 直接経費 | 交通費、素材費、ライセンス費 | 案件との紐付けが必要 |
| 受注前の工数 | 提案・見積作成にかけた時間 | 案件原価に含めるか要判断 |
4つ目は議論が分かれるところです。提案工数を案件原価に含めると失注案件の扱いが複雑になるため、まずは含めない運用から始めるのが現実的です。ただし、提案工数が大きい業態では、この部分が利益を圧迫している可能性があるため、別途集計しておく価値はあります。
2. 見積と実績のズレをどう捉えるか
2-1. ズレは必ず起きる前提に立つ
見積時点の工数は予測です。予測である以上、ズレます。重要なのはズレをなくすことではなく、ズレの傾向を把握して、次の見積に反映することです。
そのためには、案件ごとに見積工数と実績工数の両方を残しておく必要があります。片方しかなければ、比較そのものができません。
2-2. 見積工数を案件に記録する
受注前の段階で、見積の根拠となった工数をHubSpotの取引に記録しておきます。ここを口頭やメールのやり取りで済ませてしまうと、後から検証できません。
粒度は細かくなくて構いません。フェーズごとの想定人日、あるいは案件全体の想定工数だけでも、実績と比較できれば十分に機能します。
2-3. 完了後に必ず振り返る
案件が終わったら、見積と実績を並べて差異を確認します。この工程を省くと、同じ超過パターンが延々と繰り返されます。
見るべきは金額の差ではなく、なぜ超えたのかです。要件確認が長引いた、修正回数が想定を超えた、担当者のスキルと難易度が合っていなかった——原因が特定できれば、次の見積で先回りできます。
この振り返りは、案件完了から1週間以内に済ませてください。時間が経つと記憶が曖昧になり、「なんとなく大変だった」という感想しか残りません。
3. 進行中の赤字を早期に見つける
完了後の振り返りは次回への学習になりますが、その案件自体は救えません。進行中に気づくための仕組みが別途必要です。
3-1. 消化率と進捗率を並べる
最もシンプルで効果的な方法が、工数の消化率と作業の進捗率を並べて見ることです。
見積工数の70%を使った時点で、進捗が50%しか進んでいない。これは明確な危険信号です。このままのペースなら、最終的に見積の1.4倍の工数がかかる計算になります。
逆に、消化率30%で進捗50%なら順調です。この2つの数字を月次、できれば隔週で確認するだけで、多くの赤字案件は事前に検知できます。
3-2. 見るべきシグナル
| シグナル | 目安 | 取るべきアクション |
|---|---|---|
| 工数超過 | 消化率が進捗率を20ポイント以上上回る | PMにヒアリング。残作業の再見積 |
| 粗利率の低下 | 見込粗利率が目標を下回った | スコープの見直し、追加受注の交渉 |
| スコープの拡大 | 仕様変更・追加要望が発生 | 変更管理として工数と費用を提示 |
| 特定メンバーへの集中 | 1人の稼働率が高止まりしている | アサインの分散。品質・納期リスクの確認 |
3-3. 基準を先に決めておく
シグナルを検知しても、その場で議論が始まると対応が遅れます。「消化率が進捗率を20ポイント上回ったらPMに確認する」というルールを事前に決めておけば、判断のコストがかかりません。
目標粗利率も同様です。案件規模ごとに最低ラインを決めておくと、受注前の判断も進行中の判断も速くなります。
金額セルから、誰の工数がいくら乗っているかまで遡る
HS viewは、全案件の売上・原価・粗利・営業利益を月別の1枚の表で表示します。気になった金額をクリックすれば、その内訳がどのメンバーの工数で構成されているかまで確認できます。
4. HubSpotを起点にした設計例
既に営業がHubSpotで案件を管理しているなら、そのデータを原本として使うのが最短です。
4-1. 取引に持たせる項目
- 見積工数(受注前に入力)
- 目標粗利率(案件規模に応じた基準値)
- 外注費(見込/確定のフラグ付き)
- 実績工数(月次で更新、または工数データから自動集計)
- 粗利・粗利率(計算プロパティで自動算出)
- プロジェクトの進捗率
これだけあれば、進行中の案件について「あとどれくらい余裕があるか」を判断できます。原価と粗利の設定方法はHubSpotで案件別の原価・粗利を管理する方法で解説しています。
4-2. パイプラインは営業のまま使う
採算管理のために営業パイプラインを作り変えるのは避けてください。営業が使いにくくなると、案件データそのものの精度が落ちます。
受注後のプロジェクト進行を管理したい場合は、営業パイプラインとは別に受注後用のパイプラインを設けるか、進捗をプロパティで持つ方法が現実的です。
4-3. 集計の形は別途用意する
ここまでの設計で、レコード単位の採算は見えるようになります。ただし「全案件を月別に並べた表」を作る工程は、標準レポートの守備範囲を超えます。
この段階での選択肢は、CSVを書き出してExcelで結合する、BIで可視化する、月次の表を前提としたアプリを使う、のいずれかです。判断材料は案件別収支を見える化する5つの手段を比較にまとめています。
5. 業種別の落とし穴
同じ受託でも、業態によってつまずく場所が違います。
5-1. 制作・クリエイティブ
最大の変動要因は修正回数です。見積時に「修正2回まで」と定めていても、実務では3回目、4回目が発生します。
対策としては、修正回数を案件データとして記録することです。「この顧客は平均4回」という傾向が見えれば、次回の見積にバッファを織り込めます。感覚として「あの会社は修正が多い」と共有されていても、数字がなければ見積には反映されません。
5-2. 広告・マーケティング支援
売上の計上方法が論点になります。媒体費を含めた総額を売上とするのか、手数料のみを売上とするのか。前者なら粗利率は見かけ上低くなり、後者なら高くなります。
どちらでも構いませんが、社内で統一されていないと案件間の比較ができません。月次の管理表を作る前に、計上ルールを明文化してください。
また、運用型の支援は継続的に売上が発生するため、単発案件と同じ管理表に並べると比較が歪みます。継続と単発は分けて見る設計が必要です。
5-3. システム開発・SI
契約形態の違いが効いてきます。請負であれば成果物に対する責任があり、工数超過は自社負担になります。準委任であれば稼働時間に対する対価なので、超過分は追加請求の対象になり得ます。
この違いを案件データに持たせておかないと、「工数超過=赤字」と一律に判断してしまいます。契約形態のプロパティを持たせ、アラートの基準を分けるのが適切です。
加えて、検収基準の場合は売上の計上タイミングが後ろにずれます。受注月と計上月がずれる案件が多い場合は、集計軸の設計も見直しが必要です。
5-4. コンサルティング
稼働時間がそのまま原価になるため、構造は最もシンプルです。その分、シニアメンバーの稼働が想定より増えると採算が急速に悪化します。
時間単価を全員一律で設定していると、この影響が見えません。職位別・等級別に単価を設定しておくと、「誰が対応したか」による採算の違いが把握できます。
6. 導入の進め方
すべてを一度に整えようとすると止まります。次の順序を推奨します。
- 外注費だけで始める:請求書ベースで確実に把握できるため、最初の1〜2ヶ月はここだけで運用する
- 見積工数を記録し始める:受注前に必ず入れるルールにする。入力するのは営業かPMか、担当を決める
- 実績工数を取り始める:1チームで試し、入力率を確認してから広げる
- 消化率と進捗率を並べる:月次で確認する会議体に組み込む
- 完了後の振り返りを定例化する:見積と実績の差異を記録し、次回に反映する
1番目から4番目まで進めば、赤字案件の大半は事前に検知できるようになります。精度を上げるのはその後で構いません。
まとめ
- 受託ビジネスの原価は進行中に発生し、その中心は時間。記録しなければどこにも残らない
- 見積工数と実績工数の両方を残さないと、ズレの傾向を掴めない
- 進行中の検知は「工数消化率と進捗率を並べる」が最も効果的
- アラートの基準は事前に決めておく。その場で議論すると対応が遅れる
- 営業パイプラインは採算管理のために作り変えない
- 業種ごとの論点:制作は修正回数、広告は媒体費の計上、SIは契約形態、コンサルは職位別単価
よくあるご質問
Q. 進捗率はどうやって把握すればよいですか?
厳密な出来高計算は負担が大きいため、PMの主観的な見立てで構いません。「要件定義完了で30%、実装完了で70%」といったフェーズごとの目安を先に決めておけば、報告の負担はほとんどなくなります。精度より、毎回同じ基準で答えられることが重要です。
Q. 赤字が判明した案件は、途中で止めるべきですか?
契約形態にもよりますが、まずは顧客との対話が優先です。追加費用の承認を求める、スコープを縮小する、次期以降の条件を見直す、といった対処が現実的です。中止は最終手段であり、関係性への影響も含めて判断が必要になります。
Q. 提案・見積作成の工数も原価に含めるべきですか?
案件原価に含めると失注時の扱いが複雑になるため、まずは含めない運用をおすすめします。ただし提案工数が大きい業態では、部門全体のコストとして別途集計しておくと、受注率の改善効果を金額で説明できるようになります。
Q. 顧客ごとの採算も見た方がよいですか?
案件単位で見えるようになったら、次のステップとして有効です。案件単位では黒字でも、顧客単位で見ると対応工数が突出しているケースがあります。売上上位の顧客が利益上位とは限らないため、価格改定や体制見直しの判断材料になります。
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